学生時代のクラブの同期会で松山に行ってきました

65才になり、同じ年代のものは会社勤めを定年になり、再雇用・嘱託もそろそろ終わったころです。

時間も余裕ができただろうから、クラブの(愛媛大学ワンダーフォーゲル部)の同期生で集まろうよ、ということで学生時代を過ごした松山に行ってきました。







高速バスで松山まで

松山までの移動はいつもなら車を使います。

今回は、同期会で飲みすぎた時のことを思い、バスで行くこととしました。

松山行きのバスにははりまや橋から乗車しました。




高知自動車道は山の中を走ります。
高松方面とは川之江ジャンクションで別れます。
坊っちゃんスタジアムが見えてくると、もう、松山市内です。



 



懐かしい大街道で下車。
高速道路を使って2時間半。
私が学生の頃は、高知と松山を結ぶバスは国道33号線を通っていました。高知から松山まで4時間近くかかっていたのではないでしょうか。高知から三坂峠まで来ると「あぁ、もうすぐだ」と思ったものでした。
ルートが高速道路経由に変わり時間も短縮。でも、料金はそんなに変わっていないように思います。

松山の路面電車は愛媛の特産品のミカンをイメージした色なのでしょう。
終点の道後温泉の一つ前の道後公園駅で下車。

湯築城址です。
もう40年以上前の学生時代、ここには動物園があり、その後、今の砥部動物園に移転したように覚えています。
その後、今の道後公園に整備されました。




OB会ではたっぷり飲んで話をしました

日本各地から20名が集合!
中にはもう40年ぶりのメンバーもいます。
年は取れども、集まれば気分は昔のまま。
3時間と余裕をとったはずの1次会はあっという間に終わり、部屋に場所を移しての2次会。
夜中の1時過ぎまで語り合いました。
翌朝は皆、アルコールのせいなのか、しゃべりすぎたのか声が枯れていました。



これからもこうした会を続けていきたい仲間たち

学生時代の仲間を言うのはいいものです。
学生時代を共に過ごし、社会に出てサラリーマンとして荒波に揉まれ、家庭では子育てをし、そして、気が付けば定年・リタイヤ。
お互いにこれからは自由な時間が増えます。
これからもこうして集まりを続けていきたいものです。

翌日は松山城へ

帰りの高速バス乗車まで時間があるので松山城に上りました。

学生時代のクラブのトレーニングで城山に駆け上っていました。
最近は動き初めには「よいしょ」、「あいたたた」とつい声が出てしまいます。
若い頃とは言え、これを走って上がるとは信じられないですね。
ゆっくり歩いてのぼっても、勾配があり、息が上がります。
12月だというのに汗をかき、めがねが曇ります。
よくもまぁ、こんな坂を走って上るなんて、と繰り返し思います。

やっと天守閣が見えてきました。
天守閣に登ると平坦な台地のような地形を見ることができます。

15万石の松山藩と24万石の土佐藩の城を比べると、松山藩のお城が大きいように思います。
石高とは別に、松山の温暖な気候や災害の少なさが影響しているのではないでしょうか。



久しぶりの松山でした。
松山は道後温泉があり、松山城があります。
三越や高島屋と言ったデパートがある商店街もあります。
愛媛大学や松山大学が繁華街の大街道に近いので、繁華街に若者が多い、と感じます。
高知の帯屋町ではどうしても高齢者の姿が目立ち、大街道と比べると若者が少ない感は否めません。
歴史好きには、坂の上記念館もあります。
それに食べ物もリーズナブルでおいしいですね。
少し足を伸ばせば砥部焼きや動物園の砥部もあるし、瀬戸内海もあります。
四国松山は、とてもいい街だと思います。
ただ、端麗辛口の日本酒に慣れた高知県人にとっては、地酒だけはどうも口にあいません。





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