永瀬隼介の「属国の銃弾」を読みました

 
GWはどこも人がたくさんいます。リタイヤ生活者は何も好き好んで混雑する場所に行くことはありません。GWが明けたらのんびりと出かけましょう。
ということでGWは午前中に家庭菜園をし、午後は寝転がって本を読みました。
その本の中に永瀬隼介さんの「属国の銃弾」(文芸春秋社)があります。

戦後のGHQ支配下の日本でのターゲットCの狙撃計画が進行する物語と、戦後の田中角栄を彷彿させる金権政治家の物語が並行して進んでいきます。
一気呵成に読了。
とても考えさせられる一冊でした。
本の紹介と私の感想をお話しします。






「属国の銃弾」


戦後の闇に消えた“皇居前の狙撃計画”とは――
1947年夏、占領軍に骨抜きにされた焦土で
日本を引っ繰り返そうとした男たちがいた――

高度成長期に頭角を現し“今太閤”と呼ばれる政治家・千石宗平。高等小学校卒で叩き上げの彼を秘書として支える元警視庁刑事・神野晋作。2人は歴史から葬り去られた“ある過去”を共有していた。

原爆で家族を失った元特攻隊員・来栖龍二、悲劇のレイテ島から生還した天才狙撃手・黒木斗吾とともに計画された“皇居前某重大事件”の全貌、そして彼らが狙う“ターゲットC”とは――。終戦直後と高度成長期の「2つの東京」を舞台に、男たちが挑んだ「日本復活計画」を描き出す。

日本推理作家協会賞候補作『帝の毒薬』で帝銀事件の真相に迫った著者が、ふたたび戦後史の闇を描く、〈戦後史×サスペンス〉の書き下ろし大作。
文芸春秋BOOKS

「TOKYO」編 GHQ支配下の日本で進行する皇居前ターゲットC狙撃事件

登場人物はいずれも第2次世界大戦で大きな心の傷を負った者達です。
原爆で家族を失った元特攻隊員・来栖龍二、悲劇のレイテ島から生還した天才狙撃手・黒木斗吾の二人は池袋の闇酒場の用心棒をしています。
主人公の神野晋作は満州で終戦を迎え、帰国後、警視庁の刑事を経て、来栖・黒木と合流します。
彼らに資金を援助し、ある計画を推し進める千石宗平。
彼らは皆、戦争で大きな心の傷を負っています。
その一つ一つのエピソードは真に迫り、読む者の胸を締め付けます。
安全な大本営で安易な作戦を立て、兵站が十分でない最前線に優秀な日本の若者を送り込み、戦いで、飢えで亡くします。戦後は軍事物資を国民に分け与えることなく、横流しして私腹を肥やします。
GHQもそんな彼らを利用して、日本を支配していきます。
安全な建物の中で、無謀無策な計画で前途有為な若者を死地に追いやり、戦後は責任も取らずに自らの保身、栄華を追い求める一握りの特権階級。
一方、国民は闇市で米軍基地から流れ出た残飯を喰らい、家族のため満員列車でヤミ米を調達に行きます。
GHQが推し進める日本の民主化の先に、日本は真の独立国家となりえるのか?
Cが皇居前で狙撃されれば、それまでのGHQが進める日本の民主化が見直され、もっと苛烈な支配層の解体が日本を真の独立国家に結び付くのではないか。
GHQが進める民主化に疑問を持った彼らは、皇居前でのターゲットCの狙撃計画を立て、実行します。(ネタばれになるのでCを明かしません。)
Cが皇居前で狙撃されれば、それまでのGHQが進める日本の民主化が見直され、もっと苛烈な支配層の解体が日本を真の独立国家に結び付くのではないか。
ハラハラドキドキの展開でした。

「東京」編 戦後の高度成長期に頭角を現し“今太閤”と呼ばれる政治家・千石宗平

一転、「東京」の章立てでは戦後の高度成長期の物語です。
「TOKYO」編の千石宗平が政治家になり、神野晋作が秘書として物語は進んでいきます。
小学校しか卒業していない千石が、この日本を真の独立国家とするには、エスタブリッシュメントがお上品にアメリカに追従するのではなく、自らが総理大臣となり大きな改革をしなければならない、と信じています。
そのためには金が要る。
エスタブリッシュメントに対抗して勢力を伸ばすには金だ。
風貌や言動、錬金術、そして政治家として労働大臣、大蔵大臣、幹事長、そして総理大臣と駆け上がり、中国との国交樹立を成功させるストーリーはかの田中角栄を思い出させます。
月刊誌で千石の錬金術が詳細に暴露されます。この当たりも「田中角栄研究 その金脈と人脈」が『文藝春秋』(1974(昭和49)年11月号)に掲載されたエピソードをなぞっています。
そうなると「ピーナッツ」「コーチャン」の言葉の先にあるロッキード事件が当然、出てきます。
失意のうちに、総理大臣を退陣し、被告人となります。
秘書の神野は公設第一秘書の立場ながら、「石部金吉じゃ」と少しずつ、千石から遠ざけられていて、航空機疑獄に千石が関与していたとは知りませんでした。
その神野が、失意の千石を問いただす場面が印象的です。(p394~395)
「本末転倒よお。カネを武器にしてのし上がってきたわしが、いつの間にかカネに取り込まれていた。」
「いつからです。カネに身も心も奪われ、コントロール不能に陥ったのはいつからですか?」
「総裁選で手痛い裏切りにおうてからよ。総理になればと思っておったが」
「理想の日本のグランドデザインができる、と。ところが総理の座を守るために、カネ作りが最優先となった。政治家の理想は泣く泣く後回し。そういうことですか。」
「つかみ取った最高権力の座を盤石のものにするには、さらなるカネしかなかったんじゃ。」

戦場で兵士がどんな体験をし、死んでいったか。
生き残った者が負った心の傷はいかばかりか。
国民は闇市で米軍基地から流れ出た残飯を喰らい、家族のため満員列車でヤミ米を調達に行くなど塗炭の暮らしを生きる一方、無謀な作戦で多くの若者を死なせた指導者はその責任も取らないどころか軍事物資を横流しして富を得て、社会的地位も得ていく特権階級になっていく。


理想ばかり唱えていても何にもならない。
自分の理想を実現するためには清濁併せ呑むしカネも配る。
私には不得手なことであり、足りない部分かと思って読みすすめると、
その先には手段としてのカネではなく目的としてのカネが待っていた。


<担当編集者より>
骨太の警察小説、クライムノベルを数多く手掛けてきた永瀬隼介氏の新作は〈終戦直後の東京〉が舞台。2013年に日本推理作家協会賞候補作となった『帝の毒薬』で帝銀事件の真相に迫った著者が、ふたたび戦後史の闇を描きます。構想から完成まで6年を要した〈戦後史×サスペンス〉の書き下ろし作品です。
教科書には出てこない昭和史の裏側を深掘りした物語の先に、戦後日本が抱えた歪みの原点が見えてきます。
ロシアのウクライナ侵攻で「国の独立とはなにか」を考えさせられる今こそ読みたい、ド迫力のエンターテインメント作品です。

文芸春秋BOOKS

何ともやるせない気持ちで読み終えようとすると、エピローグがありました。
ほろっと来て、心温まるエンディングでした。


とても考えさせられた一冊でした。







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