「散歩するアンドロイド」と「散歩するリタイヤ生活者」

近所の図書館の新刊本のコーナーで目に留まった本「散歩するアンドロイド SAORI」(KADOKAWA)。

「ん?アンドロイド?人間じゃん。」と思って手に取りました。

「SAORI」は著者で、表紙に写っている若い女性です。

名前も顔も初めて聞く、見る女性です。

パラパラとめくると旅のエッセイのようです。

行く先々が「熊野古道のつぼ湯」とか「酸が湯」とか若い女性にしては渋い選択です。

でも、きっとリタイヤ生活者の感性とは違うだろうな、と思って読み始めました。

寝転がって読み始めると、あらあら、最後まで一気に読んでいました。


SAORIさんはyou tuber として活躍している女性です

この本の中で自己紹介的に次のように書いています。

「東京ゲームショウという日本最大のゲームの祭典でアンドロイド役のモデルを何人か探していたらしく、無機質な顔の私に白羽の矢が立った。」「イベント当日、押し寄せるお客さんの前で自分なりのアンドロイドをしていたら、いつの間にかその姿がSNSで拡散され、ゲームショウの枠を飛び越え世間を騒がせてしまった。それ以来、「アンドロイドの人」と呼ばれている。」とのことです。

その彼女が「最近は職業アンドロイドを全うしながら旅をして、その様子を撮影し、you tubeに投稿する生活をしている。」のだそうです。

彼女のyou tubeはその名も「散歩するアンドロイド」です。

https://www.youtube.com/channel/UCIWtoNkliCKDmmW5HafXAvg

この本は彼女のyou tube「散歩するアンドロイド」で訪れた場所や思い出の食べ物、人との触れ合いなどを書き綴ったフォトエッセイです。

基本一人旅で「騒がない。しゃべらない。大げさなリアクションはしない。」スタイル。

読んでみると、浮ついたところがなく、さらっと読むことができる本でした。


公共交通機関を使っての旅 なんだか懐かしい気持ちがしました

彼女の旅は公共交通機関を使っての旅です。

行った先でレンタカーを使うこともありません。

路線バスや、路線バスが少ないところでは送迎バスを使って目的地まで行っています。

例えば、世界遺産の熊野古道の道中にあるこれまた世界遺産の「つぼ湯」には数時間に一本しかないバスの乗ってバス停を70個以上も通過して辿り着いています。

豪雪の際にはよくテレビに出る青森県の「酸が湯」には青森駅から一日2本出ている送迎バスで行っています。

私は一度だけ「酸が湯」に行ったことがあります。

この時はレンタカーで行きました。

送迎バスがあることを知りませんでしたし、知っていても一日2本なら時間が合わず使わなかったことでしょう。

また、SAORIさんは長距離の移動にJRをよく使っています。

青春18きっぷや、寝台特急「瀬戸」にも乗っています。

移動そのものを旅と捉え、楽しんでいます。

行先は決めていますが、行った先々ではその場その場での出来事です。

彼女の旅は浮ついたところがなく、旅そのものが好きなことが伝わってきます。


自分の旅を振り返ると、急ぎすぎていたように思います

リタイヤ生活者ですので時間はたっぷりあります。

それなのに自分の旅を振り返ると、出発前に交通機関を決め予約し、ホテルも、その日の晩の食事場所もネットで検索し予約して出かけています。

行き当たりばったりの旅ではなく、出発前にほとんど決めています。

事前に予定した行動から外れないことを優先したサラリーマンの出張から「打ち合わせ」を省いたようなものです。

会社勤めをしていた時の出張の癖が抜けていないようです。


藤原新也さんの言葉が頭に浮かびます













「大鮃」を書いた藤原新也さんはビジネス誌のインタビュー記事(週刊東洋経済2017年3月4日号)で次のように言っています。

「たった一人で捨て身で旅をするような若者が今はいない。」

「今の若い人の旅ってのは情報を追体験する旅だよね。

事前にネットで情報をためて、この角を曲がればあの店があるとすでに知っている。

追体験の旅って自分を壊さないんだよ。

自分のそれまでの生き方とか、異質なものにぶつかって壊していくのも旅なんだよね。

今の若者の旅は情報でガードした臆病な壊さない旅。

だから何かに出会う感動や動揺がない。

壊れると、何かほかのものを入れて補完せざるをえない。

そこで成長が生まれる。」


自分の旅を言われているようです

若い頃はお金はなかったけど、若さと時間だけはたっぷりありました。

スマホはもちろんインターネットもありませんでした。

ガイドブックや文庫本の紀行文を読んで胸を膨らませました。

何も決めずにとにかく出かることもありました。

恐いもの知らずで旅立ったものでした。

世界がキラキラと輝いて見え、いまでもあの頃の旅は人生の大切な思い出です。


散歩するリタイヤ生活者

63才でリタイヤした時、「75才まで春秋の年2回、自分の足で旅をしたい」と思いました。

日常生活では時間はたっぷりあります。

でも、いつまで健康な日常生活を送ることができるのかと考えると時間はあるようでないような、だからこそ行けるときには行こう、と思います。

今夏で65才。

コロナ禍でこの2年間は思うように旅に出ることができませんでした。

今さら、自分の何かを壊したらもう、補完し成長することは難しいのかもしれません。

それでも、藤原新也さんの言葉を思い出させてくれたSAORIさんに感謝し、今までの旅のスタイルを一度忘れ、時間はたっぷりあるようなないようなリタイヤ生活者ならではの旅のスタイルを考えてみようと思っています。

その名も「散歩するリタイヤ生活者」ではいかがでしょう?

「徘徊するリタイヤ生活者」にならないうちにいい旅をしたいものです。



さぁ、思い切り旅を楽しもう!






西表島を臨む竹富島の桟橋でジャンプして記念撮影をする女性グループ(2015年3月)

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