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激動する世界 ~日本の針路を考える~ 長谷川幸洋さんの講演を聞きました

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ジャーナリストの長谷川幸洋さんの講演を聞きました。 1時間半、パワフルに世界の情勢、日本の政局の話を興味深く聞くことができました。 ざっとまとめると、次のようなことでした。 世界は激動、混乱の時代に入った。これからますます世界は分断していくだろう。 日本の岸田政権は思考停止状態。 次の総裁選は加藤と上川の一騎打ちになるだろう。 しかし、どちらが総理総裁になっても混乱・混迷の不安定な時代が続くだろう。   以下、長くなりますが、メモです。 Ⅰ ざっくりした世界感 1. 世界の国を3つの勢力に分けることができる。 (1)黒い勢力:中国、ロシア、イラン、北朝鮮 水面下で連携 a.中国、北朝鮮はロシアに武器供与。 b.ロシアはアフリカでハマスの軍事訓練。 c.イランの大統領は2024年2月、「イスラエルとハマスの戦争は手始め。これからもっと大きな戦争を始める。」と演説。 d.ウクライナ、ガザ、その先に台湾。 (2)白い勢力:日本、アメリカ、欧米、オーストラリア、カナダなど30数ケ国 (3)灰色の勢力:ブラジル、インド、南アフリカ、トルコなど140数か国 様子見 a.ブラジルのルラ大統領は北京を訪問し、ウクライナ戦争はロシアも悪いが、アメリカも悪い。 b.南アフリカはロシア・中国と軍事演習。 c.その他の国は黒い勢力に引きずられている。 独裁者は独裁者を好む。 d.アルゼンチンは例外。 2.戦争はなくならない (1)日本人は「話し合えば理解しあえる」「話し合いで解決」と考えるが、世界はそうなっていない。 (2)日本人とは全く違う「話し合っても分かり合えない人たち」はイスラム教徒。 a.この世の中での幸せは求めていない。死後、天国に行くか地獄に行くか。トータルで考える。 *天国に行けるか地獄に落ちるかはいかにイスラム教に善行を行ったか。 b.異教徒を認めない。イスラム教徒の平和とは世界中がイスラム教徒になること。 *イラン憲法:イスラム革命で抑圧された人々を開放する。イスラエル、アメリカは敵国。 *ハマス憲法:イスラエルとユダヤ人を地上から消滅させる。 c.中東に和平は来ない。日本人には相貌できないだろうが、中東での平和共存は不可能。 (3)プーチンの危機感、強迫観念、差別意識(ヨーロッパに馬鹿にされている)。 a.ウクライナまでNATOになればロシアは危ない。 b.馬鹿に

日曜市の古漬けはこれからもいい匂いを発し続けてくれます

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  日曜市を歩ているとぷーんと独特の匂いがするエリアがあります。 古漬けです。 漬け物が、食品衛生法の改正で消滅するのでは!とのニュースがあり、心配になり日曜市に出かけました。 結論は、これからも作って売り続ける!そうです。 食品衛生法の改正で、漬け物の製造・販売に保健所の許可が必要 「漬物」の製造 6月から基準厳しく 対応迫られる小規模店舗|NHK 関西のニュース 食品衛生法の改正があり、6月から漬物の製造・販売に保健所の許可が必要になりました。 許可を得るためには製造施設が一定の衛生基準を満たす必要があります。 これまで手作りで漬物を製造してきた個人や小規模な店舗などは対応が難しいところもあり、この改正をきっかけに撤退するおばちゃんも多いと聞きました。 日曜市の古漬けは保健所の許可をとったそうです 2024年6月2日の日曜市。 地元の買い物客に混じって観光客の姿も沢山ありました。 最近は外国人観光客の姿も多く見かけます。 ぷーんと独特の匂いが漂ってきます。 樽から漬け物を取り出し、並べて売っています。 食品衛生法の改正の影響は?と聞くと、「保健所の許可をとったき、今までと変わらん。いつでも買いに来て。」とのことでした。 安心しました。 普通の沢庵と古漬け 「古漬けって何?」という方がいらっしゃいます。 沢庵を長く漬けたものです。 どのくらいの期間、浸けるのか、今度聴いておきます。 我が家にあった沢庵と古漬けを並べました。 左側がスーパーなどで売っている一般的な大根の漬物・沢庵です。 右側が日曜市で買ってきた古漬けです。 見た目が全く違います。 匂いも全く違います。 私は、日曜市で買った古漬けはポリ袋をしっかり縛り、クーラーボックスに入れて持ち帰っています。 クーラーボックスは冷却するためではなく、車内に古漬けの匂いが充満するのを避けるためです。 古漬けを買ってくると、すぐに表面についている糠を洗い落とします。 空気に触れ、雑菌の繁殖するからです。 後は食べる分だけ切って、残りはジップロックに入れ空気を抜いて冷蔵庫で保管します。 古漬けを齧ると、新しい沢庵のようなポリポリ感はありません。 ぐしゃっと潰れます。 そして何とも言えない発酵臭が口から鼻に広がります。 長い期間漬けることで乳酸菌が沢山いるのだそうです。 食品衛生法を改正した人たちはおばちゃんの漬ける漬け物

40年も履き慣れた靴たち

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  私の靴箱に随分とくたびれた靴があります。 振り返ってみるともう40年も履いていることになります。 私の半生を足下で一緒に過ごしてくれた靴たちです。 ハッシュパピーのバックスキン ど定番のハッシュパピーです。 バックスキンですので油を塗ることもありません。 それでも皮の部分は破れもないし、変色もしていません。 愛用すれば靴底はすり減ります。 この靴底は2枚目です。 貼りかえて履き続けています。 さすがに足を入れる部分は傷んで来ています。 エルエルビーンのガムシューズ アウトドアが好きな人ならどなたも知っているブランド エルエルビーン。 エルエルビーンの製品の中でもエルエルビーンらしいものの一つにこのガムシューズがあります。 水を通さないガム(ゴム)でできています。 雨の時などに履いています。 これももう40年になります。 底はすり減っています。 滑り止め防止のパターンが消えてなくなっています。 やはり、足を入れるとき、歩行の時に足首が当たる部分に負荷がかかるのでしょう。 丈夫でビジネスマンの味方と言われるリーガルは意外と寿命が短い リーガルは丈夫でビジネスマンの味方と言われます。 私の靴箱をリーガルシューズが沢山通り過ぎていきました。 この靴は、明るい褐色でカジュアルでおしゃれです。 重宝していましたが、歩くと足の裏が痛くなります。 靴底を見るとビムラムパターンがすり減っています。 上はきれいなので貼り替えようとリーガルショップに持って行きました。 しかし、ゴアテックスを使ったこのタイプは張替ができないそうです。 もったいない! でも、靴は足を守ることが大前提です。 サヨナラをしました。 これもリーガルシューズです。 保温性があり、寒い時期に重宝しています。 底もビムラムです。 冬の雨や雪のビジネスシーンで活躍しました。 まだビムラムパターンはかろうじて残っています。 しかし、靴底と本体の間の部材に割れが発生しました。 一か所ではなく全体に脆くなり、ひび割れがあちこちで発生しています。 これでは、雨の時に履いて出ることに躊躇します。 今まで沢山のリーガル製品を履いてきました。 リーガルシューズは丈夫と思っていましたが、どうも私の期待が大きすぎたようです。 ゴムの部分の寿命が短いし、靴底の貼り替えを考慮していない製品がありました。 寿命設計、部材仕様が10年程度なの

苦学生を否定する社会

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  半世紀以上にわたる大学授業料の変遷をさぐる(2022年公開版) https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/b1edcc92ccb7b1acb140cb834d741dafe0489a3c このグラフは大学授業料の推移です。 国立大学も私立大学(文系、理系)とも右肩上がりで高くなっています。 比較すると受領量の負担の少ない国立大学の授業料値上げが話題に上っています。 今、国立大学の授業料は50数万円だそうです。 大学が一人の学生に十分な教育、研究環境を整えるに必要な経費は300万円とも聞きます。50数万円の授業料で300万円に相当する教育、研究環境を得られるのであれば随分とお得な感がします。 もう40年以上も前の助手の先生の話 大学の授業料と言えば思い出すことがあります。 私が大学に入った時の話です。 助手の先生との雑談の中で授業料の話になりました。 私の授業料が年間9万6千円だというと、その助手の先生が大いに驚き次のようなことをおっしゃいました。 自分(その先生)が学生の頃には授業料が年間1万2千円だった。 半期で6千円、月にすれば千円。 春休みと夏休みに何日か土方仕事をして半期分の授業料を準備した。 寮に住み、家庭教師をいくつか掛け持ちすれば月々の生活ができた。 しかし、今や年間9万6千円。学生が自分で生活しながらそれだけの金額を準備しようとすることは事実上無理だ。 もう、苦学生という言葉は死語になるね。 年間の授業料が1万2千万円、9万6千円の時代の話です。 苦学生を否定する社会 今では国立大学の授業料の標準額は年53万5800円(文部省省令)と50万円を超えています。月額に直すと4~5万円です。 とても学生が生活費とは別に工面できるような金額ではありません。 親の資金力が進学の可能性を左右します。 苦学生を否定する社会です。 奨学金で多額の借金を背負って社会に出す若者 私の長男は県外の私立大学の理系学部に進学しました。 授業料は年間150万円ほどでした。 授業料の納入時期たびに準備ができたとホッとしたものです。 長男の友人は生活費は親御さんが見てくれるが、授業料は自分で手当てしなければなりませんでした。 奨学金の最高額である月額10万円をもらい、春や夏の長期休暇でアルバイトをして年間150万円の授業料を工面していまし

五島列島の旅 吉永小百合編「最高の人生の見つけ方」

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五島列島に行こうと思ったきっかけの一つは「最高の人生の見つけ方」にあります。 映画『最高の人生の見つけ方』公式サイト|大ヒット上映中! (warnerbros.co.jp) 私は吉永小百合さんの映画が好きです。 と言っても吉永さんが出ている映画を観るようになったのは北海道を舞台にした「北の零年」(05年)、「北のカナリアたち」(12年)、「北の桜守」(18年)の北の3部作からです。 「最高の人生の見つけ方」(2019年)は吉永小百合さんと天海祐希のダブル主演の映画でした。 映画の紹介はググってください。 吉永さん演じた「幸枝さん」は五島列島福江島の出身という設定でした。 「幸枝さん」が福江に帰るシーンもありました。 水の浦教会をバックに主演の二人の写真です。 役作りのために吉永さんは何度も福江島を訪れたそうです。 映画の最後にはウェディングドレスを着て旦那役の前川清とのパーティも福江島だったように覚えています。 きっと福江島に行ったら「最高の人生の見つけ方」のロケ地やエピソードに触れることができるだろうと思っていました。 でも、福江島には「最高の人生の見つけ方」の痕跡はありませんでした 期待して福江島のホテルのフロントでロケ地やエピソードを尋ねましたが皆さん、心当たりがありませんでした。 それよりも「ばからもん」「舞い上がれ」のテレビドラマの話題が沢山でした。 私は「ばからもん」も「舞い上がれ」も見ていなかったので、ピンときませんでした。 映画はテレビに比べると観客、見る人の数が少ないのでしょうね。 テレビの影響は大きいことを改めて感じました。 私は吉永さんも好きですし、天海さんも好きな女優さんです。 島の人たちの記憶にはありませんでしたが、私は吉永さん、天海さんと一緒に「最高の人生の見つけ方」の舞台を感じたように思いました。  

五島列島の旅 小さな思い出たち編

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  高知空港の手荷物検査場の手前に立っているのは黒潮町の田中鮮魚店の田中さん。 高知のカツオを持って見送ってくれました。 約1週間の五島列島の旅で見聞きしたことをブログにあげてきました。 そこに書ききれなかった小さな思い出たちを綴っていこうと思います。 若松港の水に沈む防護柵 福江港と結ぶフェリーが発着する若松港で不思議な光景を見かけました。 岸壁から転落することを防ぐ防護柵が水中にあります。 同じような柵が陸上にもあります。 水中の柵は長い間、水に浸かっているようで海藻が付着していました。 地震などで地盤が沈下した際にはこのような風景になります。 近くにいた地元の方に「なぜ、水中に防護柵があるのか?」「地震で地盤沈下したのか?」と尋ねてみました。 「そんなものがある?」「見たこともなかった。」「だから考えたこともなかった。」「地震で地盤沈下したことはない。」「馬鹿やる若いしが水に落ちないためじゃない?」 何人かに聞いてみましたが、皆同様でした。 とても不思議な気がしました。 サタンに憑りつかれたキリシタンの末裔 上五島(中通島)でレンタカーを借りた時のことです。 「立ち寄らない方がいいGSを説明します。」 「?」何かの冗談かと思いました。 「ここのGSは県外客を目の敵にしています。絡んできます。当社のお客さんの中でもトラブルになった方がたくさんいます。」 「ここのGSは県外客と見ると、吹っ掛けてきます。ボラれたとトラブルになるお客さんが多数出ています。」 キリシタンの末裔たちよ おまんら サタンに憑りつかれちゅう おばちゃんは異様に世話好き GSとは逆におばちゃんたちは異様に世話好きでした。 これは五島列島の旅 福江城編「日本最後に築城されてご一新」でもご紹介した思い出です。 五島列島の旅 福江城編「日本最後に築城されてご一新」 (taichanretiredlife.blogspot.com) 五島庭園跡や武家屋敷通りにあるふるさと館でのことです。 女性の職員さんが説明をしてくれるのですが、そのサービス精神が旺盛なこと! 私が「高知から来た」というと「私、龍馬さんが大好き!」「なぜ、私より先に死んだ!」と話を合わせてくれます。 一人の職員さんと話をしていると周りからわらわらと他の職員さんが集まってきて、ワイワイと説明をしてくれます。 こんな経験をしたのは初めてで

五島列島の旅 番外編「五島列島と壱岐・対馬」

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  五島列島を旅してふと壱岐対馬と比べていました。 2021年秋、壱岐と対馬を旅しました。 壱岐と対馬は同じような島だと思って出かけましたが、壱岐は平地が多く、対馬は山が多いなど全く違った島でした。 その壱岐対馬をひとくくりにして五島列島と並べるのは無理があることは十分理解していますが、一度、頭に浮かんだものはなかなか消すことができません。 そんな無理な話だと理解して、お読みください。 元寇と遣唐使 文永11年(1274年)、弘安年(1281年)と2度にわたる蒙古襲来(元寇)で壱岐・対馬は酸鼻を極める惨状を呈したと言われます。 壱岐にある少弐資時像です。 壱岐守護代、弱冠19歳の少弐資時は元寇・弘安の役で雲霞のごとき元軍の重囲の中、力戦奮闘しましたが遂に矢尽き、刀折れ郎党100余騎と共に壮絶な最期を遂げました。 少弐資時像 | スポット・体験 | 【公式】壱岐観光ナビ (ikikankou.com) 対馬の元寇の古戦場(佐須浦)にある守護代宗助国の像です。 文永の役で守護代宗助国は自ら親兵80余騎を従て討って出て、壮絶な最期を迎えています。 元寇で戦った対馬の守護代 宗助国の騎馬像除幕 - 長崎新聞 2020/08/11 [00:00] 公開 (nagasaki-np.co.jp) 壱岐対馬はいたるところに元寇による悲惨な歴史を伝えるものがありました 一方、五島列島では元寇のような異国から襲来された悲惨な話は聞きませんでした。 五島列島三井楽(みいらく)にある遣唐使ふるさと館にある屏風絵です。 五島列島は遣唐使の日本最後の寄港地でした。 屏風絵の横に作者の文章がありました。 屏風絵「三井楽・船出の朝」 「日本の黎明期に遣唐使船が最終の寄港地として、ここ三井楽から島に向かって船出をしました。先進国、唐の文化を学ぶために多くの勇気ある若者たちの壮大な夢と希望を乗せて。それは生きて帰れるという約束のない船旅でありました。そんな船出の朝の情景です。激励する村の長老と正、副̪使たち。恋人たちの別れ、水夫と家族の別れ。激励に駆けつけた海賊たち。見送る村の童たちと、それぞれのドラマを描きました。 (中略) 先人の偉業を偲びつつ祈りと感謝の思いで書き上げました。」 2001年夏 日本画家 鈴木靖將 同じ長崎県の離島ですが、ちょっと位置が違うだけでこのような違いになるんですね。 地政

五島列島の旅 福江城編「日本最後に築城されてご一新」

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  福江(石田)城址を見学し、話を聞くことができました。 福江城は築城してすぐに取り壊されました。 ご一新(明治維新)ですね。 城址や今も維持管理されている庭園なども見事なものでした 更にご一新から現代に至るまでの旧城主の話を伺うと、教科書で学んだ明治維新とはまた違うエピソードを知ることができました。 ネット上には沢山の情報が溢れています。 以下では私の短い滞在で見聞きし、印象に残ったことを紹介します。 詳細な情報を知りたい方は他のサイトもググってみてください。 福江藩と五島氏 五島列島全体が福江藩の領土でした。 領主は五島氏です。 石高は1万5千石です。 鐙瀬(あぶんぜ)ビジターセンターの床に五島列島を中心にした地図があります。 東京までは1,000km以上あります。 上海は700~800kmです。 1,0000km以上ある江戸まで参勤交代をしていました。 長崎に渡り九州を横断し瀬戸内海を通って大阪(上方)に上がり、あとは東海道で向かったそうです。 供揃えは30数名。 江戸に入る前に”臨時藩士”を現地採用をして体裁を整えたそうです。 1万5千石の福江藩ですが、功績のあった家臣に3千石の領地を分け与え富江藩として分藩した時期があります。 福江島の南に今でも富江という地域があります。 分藩し本家は1万2千石となりました。 1万石以上を大名と言います。 3千石の富江藩は大名の格ではないのに、参勤交代を命じられていたというからきつかっただろうなぁ、と思います。 名目の石高は1万5千石ですが実際の石高はもっとあったんではないか、と思います。 そのことを地元に方に聞くと「そのようです。江戸から巡視に来た役人にこの向こうは何もない、と言ってみせなかったと聞いています」と笑っていました。 福江城築城 幕末になると五島列島近海に異国船がたびたび来訪するようになりました。 やっと幕府から築城の許しが出て、1863年に完成しました。 日本で最後に築城されたお城というわけです。 総工費は2万両。現在のお金で約25億円だったそうです。 2万両のうち、9千両は幕府からの借り入れでした。 しかし、返済はしなかったそうです。 明治維新 築城からわずか9年後、明治維新でお城は取り壊されてしましました。 面白いのはここからです。 明治政府に取り上げられたお城跡を五島氏が買い戻したのだそうです。 築城