「乱歩と千畝」 おすすめの一冊です

 
「乱歩と千畝」(新潮社)を読みました。
感想は一言「おもしろかった」です。











乱歩とはもちろん探偵小説家の江戸川乱歩。
千畝とはもちろん外交官の杉原千畝。
千畝の小さい頃、友人から「せんぽ」と呼ばれていたそうです。
ですから「乱歩と千畝」は「らんぽとせんぽ」です。

以下、新潮社のHPから引用します。

探偵作家と外交官。若き二人が友となり……斬新な発想で描く波瀾万丈の物語。

大学の先輩後輩、江戸川乱歩と杉原千畝。まだ何者でもない青年だったが、夢だけはあった。希望と不安を抱え、浅草の猥雑な路地を歩き語り合い、それぞれの道へ別れていく……。若き横溝正史や巨頭松岡洋右と出会い、新しい歴史を作り、互いの人生が交差しつつ感動の最終章へ。「真の友人はあなただけでしたよ」──泣ける傑作。

小説家の門井慶喜さんのコメントです。

楕円形の歴史小説 門井慶喜

 江戸川乱歩の業績はよく知られている。「二銭銅貨」や「D坂の殺人事件」などの短編で日本の推理小説の基礎を築き、少年探偵団シリーズで人気を博して別格の存在感を示した。昭和40年(1965)に没したあとも現在に至るまで読者が多く、その生涯についても伝記や評伝が何冊も書かれている。
 あるいはまた、杉原千畝の業績も。第二次大戦中、外交官としてリトアニアのカウナス領事館にいたとき、大勢のユダヤ人を含む難民たちにビザを発給して国境を通過させた。その生涯を記した本はやはり多く、テレビの教養番組などでもしばしば「命のビザ」とか「東洋のシンドラー」とかいう手短な語句とともに取り上げられる。
 つまりは、どちらも歴史上の有名人である。しかしその二人を組み合わせて一つの物語にするという発想はこれまでになく、もっぱら青柳碧人の独創にかかる。『乱歩と千畝─RAMPOとSEMPO─』はまったく新しいタイプの歴史小説なのである。

 さて、一見どこにも接点がなさそうなこの二人、はじめて会ったのは、早稲田大学の近くの三朝庵という蕎麦屋だった。
 たまたま相席になったのだ。ただし年が六つ違う。乱歩はもう早稲田を卒業している。けれども会社づとめが性に合わず、このころは昼は団子坂で古本屋をやり、夜は屋台を引くという不安定な生活をしていて、その屋台で出すものを考えるため、この店評判のカツ丼なるものを食いに来たのである。
 いっぽう千畝は、在学中である。貧乏だから、かけそばを食べる。乱歩はふとしたことから千畝が愛知県立第五中学校の出身であることを知り、声をかけた。乱歩もおなじ学校の出身なのだ。
 このときの小さな雑談がきっかけで千畝は外務省が官費留学生候補を募集していることを知り、ロシア語を学びはじめる。目指すは外交官だ……その後の小説の展開は、きびきびして読みごこちがいい。二人の人生の道はときに離れ、ときに交差する。交差するたび彼らの(特に千畝の)心境がひとつ前に進む。

 二人のまわりには、まるで二つの太陽に引きつけられる惑星群のようにして実在の人物があらわれる。横溝正史、松岡洋右、花菱アチャコ、美空ひばり……しかしながら最も重要なのは、無名というか、いちばん身近な人々にほかならなかった。
 すなわち乱歩の妻隆子と、千畝の妻クラウディア。特に隆子はいきいきしている。もともと伊勢湾に浮かぶ坂手島で小学校の先生をしていたのだが、たまたま島に来た乱歩のことを好きになって、彼を追って東京へ出たが見つからない。そこで千畝や画家の岡本一平まで巻き込んで「いかがわしい」「夾雑を極める」浅草の街をさがしまわるくだりは作中屈指の楽しさだ。その夾雑ぶりときたら、たとえば白塗りの外国人青年が「ココニソロエタルハ、ヒトツメ、ロクロクビ、バケチョウチン!」などと怪しい日本語で客の呼び込みに精を出すほどなのである。
 いっぽう千畝は、クラウディアとは事情があって別れるが、次の妻の幸子にはこんなふうに難詰される。

「あなた方には才能がある。そして、才能を生かせるステージに立っている。それなのに、ちょっと自分の納得いかない仕事だからっていじけてみせたりして。贅沢なのよ、江戸川乱歩も、杉原千畝も!」
「落ち着いてくれ、幸子」
「才能はあなたたち固有の財産よ。(中略)でも、ステージに立っているのは、多くの人が応援して、支えてきてくれたからでしょう?」

 そう、これは乱歩と千畝だけではない。その二つの焦点を楕円状に取り囲むすべての人の物語なのだ。読後の印象ののびやかさ、ふところの広さは格別である。青柳碧人はこの一作によって、いきなり歴史小説の大物となった。

(かどい・よしのぶ 作家)

波 2025年6月号より
単行本刊行時掲載

私もよく読む門井さんの紹介を読むと私が変な「解説」をするまでもありません。
ミーハーな読者としての感想を少し紹介します。

まずタイトル、そして装丁がいい

タイトルをパッと見て「乱歩と千畝?」。
探偵小説家と外交官。
まるで接点がないような二人の対比が気を引きます。
そしてまた、戦前の風俗が匂い出しているような装丁です。
読書好きのツボをよくご存じで、と思いながら手に取りました。

江戸川乱歩

いまは誰しもが知っている江戸川乱歩です。
世に出るまでの若き日の乱歩の悩み。
推理小説もサスペンスという分野もない時代です。
海外の小説に魅了されながら自らも作家になることを夢見ます。
際物と思われていた探偵小説を書きたい気持ちを抑えることができません。
そして世に問う「2銭銅貨」。
ここで出てくるか! ですね。
その後も筆をおこうかと悩みながら書き続ける乱歩。
徐々に大家になっていく様子が描かれています。

杉原千畝

ユダヤ人にビザを発給したことで有名な杉原千畝。
乱歩とは早稲田大学の先輩後輩の関係です。
外交官人生は外務省の留学生としてハルビン領事館勤務からスタートします。
乱歩の知人から探偵の極意を教わります。
(1)粘り強く、忍耐を忘れぬこと
(2)あらゆる階層から情報を求めること
この極意を肝に銘じ、ロシア社会の情報通となります。
いっぱしの情報通になったと自他ともに認められます。
その情報通の千畝に関東軍が近づいてきます。
諜報戦のプロの軍人に奔走され、探偵の極意の三つ目を思い出します。
(3)決して親しい友人など持たぬこと
傷心の千畝は東海道線で再会した乱歩につれない態度を取ります。
その後、外交官としてヨーロッパに赴任し、第2次大戦末期にユダヤ人にVISAを発給します。
戦後、そのことを問題視され外務省を解雇されます。
失意の中、再び乱歩との交流が再開します。
探偵としてではなく一人の人間として(3)親しい友人の大切さを実感します。

様々な人物が登場します

門井さんの書評にもあるように横溝正史、松岡洋右、花菱アチャコ、美空ひばりなど多くの人間と交差していきます。
ハルビンでは川島芳子とも接点があります。
小説家では山田風太郎、鮎川哲也、松本清張も登場します。
これらの綺羅星のような人物の名前を見る度に、ニヤッと笑ってしまします。
私としては新青年の編集長の森下雨村が嬉しかったですね。
高知県佐川町出身の編集者、翻訳家、小説家です。
森下も早稲田大学の出身です。
佐川に帰り、釣りを楽しんだエッセイ「猿猴 川に死す」は有名です。
この頃の東京には才能が集まり、切磋琢磨していたんですね。



「乱歩と千畝」
この二人を絡めて小説を書こうと思う作家の創造力に驚きます。
そしてこの二人と彼らを取り巻く才能たちもうまく化学反応をしていきます。
まさかと思った設定が見事に物語を紡いでいきました。
最後のシーンには思わず落涙していました。
おすすめの一冊です。







































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